1.歯科矯正学の歴史-1

1.歯科矯正学の歴史-1

旧約聖書のソロモンの雅歌の中に“ああなんじ美わしきかな、なんじの歯は毛を剪りたる牝羊の浴場より出たるが如し云々”とあります。白い清潔な歯がきれいにならんでいることを美と健康の象徴であると考えるのは、古今東西に共通しています。

矯正の歴史は古く、すでに紀元の初めのころにローマの医師Celsus,C.は、乳歯の脱落したあとに萌出する永久歯の位置が悪い場合には、指圧でその歯を正しい方向に矯正することを試みていました。

しかし悪い歯ならびを機械的な装置を使って矯正しようとしたのはFauchard,P.(1678~1761)が初めてで、その著書Le Chirurgen Dentiste (1728)には、幅の狭いリボン状の金属板をアーチ状にしたものを歯列の外側に装着し、不正位置にある歯をこれに結びつけて矯正する方法が紹介されています。

この考えはその後長い間、歯弓拡大法による矯正治療法として用いられてきた方法に通じています。しかしFox(1803)は歯の移動は上下の歯の咬合と披蓋とを無視しては行えないことに注目し、臼歯の咬合面部に咬合挙上のためのブロックを置いて、これとFauchardの金属板装置とを連結して歯牙移動を容易にしようと試みました。このことは矯正治療を単に一顎内の問題としてではなく、咬合という問題から考えようとした新しい出発でした(図1-1)。

また一顎に斜面板をもつ弧線を装着し、対顎の歯をこの斜面と咬合させることによって移動させようとする試みがCatalan(1808)によって考えられました。これは機能的な矯正力の応用ともいえるものです。

この斜面の理論はのちに下顎の移動にも用いられ、Kingsley,N,W.(1829~1923)の“咬合躍進法(Jumping the bite method)”に採り入れられています。今日の機能的矯正装置もこの理論を多分に応用しています。

矯正装置を口腔内に装置するために、クラスプのようなcribを用いたのはDelabarre,C.F.(1815)で、これはのちのJaekson(1911)の装置や、現在でも用いられているCrozat装置に通じるものです。

矯正装置を歯に帯環をはめて維持させようと試みたのが、Schange(1841)の臼歯用ねじ締め帯環と、Magill(1871)の前歯用の単純帯環とで、これらが組み合わさって今日の精密な矯正装置に発達しました。

可撒性の床矯正装置がWare(1848)によって初めて使用されましたが、蒸和ゴムの完成後にはゴム床装置に弾線をを付けて矯正しようとする矯正床が登場しました。またCoffin(1881)は床を中央部で分裂させ、この部にW型の弾力線を付けて顎の拡大を行いました。この種の装置は現在でも用いられています。前に述べたKingsleyの咬合斜面板も床を応用したものです。

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